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zoom RSS 御言葉の主人

<<   作成日時 : 2014/12/04 07:19   >>

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いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。 (ヨハネ6:63)

創世記1章は、始めに神がどのように天と地を創造されたのかを語ってくれます。神は御言葉によってそのようにされました。イエスが仕えられたとき、イエスは御言葉によって働かれ、御言葉によって全ての物事を変えられました。主が言われた全ての御言葉は言った通り成されました。主が目の見えない者に語られた時に目は開き、耳の聞こえない者の耳に命令された時、耳は聞くようになりました。ある日イエスが手のなえた人に“手を伸ばしなさい”と言われ、その人が手を伸ばすと完全に直りました。(マタイ12:13) さらにイエスは死んだ者を生かされた時にも御言葉でそれを行われました。イエスは御言葉の主人であられました。イエスは御言葉で行うことを知っておられました。

イエスの驚く御言葉の使い方はイエスを捕らえようと来た兵士たちの心までも掴みました。恐らく彼らはイエスの元へ来た時、イエスの御言葉の力と卓越さに圧倒され自分たちの任務を忘れてしまったままイエスの御言葉を聞きながら立っていたのでしょう。彼らはイエスを逮捕することができませんでした。祭司長とパリサイ人たちが彼らに“なぜあの人を連れて来なかったのか。”と尋ねた時、その部下たちは“あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」”と答えました。(ヨハネ7:46)

人々は主の御言葉を聞いていたとき、主の臨在から離れようとしませんでした。マルコの福音書12:37は言います。“…大ぜいの群集は、イエスの言われることを喜んで聞いていた。”数万人の群衆が主の元に集まりました。御言葉は、主が命の御言葉を述べ伝えられるのを聞いた時、どうやって彼らが三日の間食べることさえ忘れ、荒野で主と共にいて、家に帰らなかったのかを伝えてくれます。

イエスが会堂で悪霊を追い出される時、聖書は、そこにいた人々は“人々はみな驚いて、互いに話し合った。「今のおことばはどうだ。権威と力とでお命じになったので、汚れた霊でも出て行ったのだ。」”と語ります。(ルカ4:36) パリサイ人々は悪霊について語りましたが、イエスは権威によって悪霊を叱られました。ハレルヤ!主は私に霊感をくださいます。私は主の愛と主の手本に興奮しています。主は御言葉の主人です。

祈り
愛する父よ、私を父の御言葉に従って歩むようにしてくださり感謝します。私は持続的に信仰の言葉だけを語り、私の言葉は、父の栄光のため結果を生み出す力によって、満たされることを知っています。イエス様の御名によってお祈りします。

参考聖句
マルコ11:23、 ヤコブ 3:13

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