すべての霊的祝福 エペ 1:3-6節

1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し、
1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
1:6 これは、その愛する御子によって賜わった栄光ある恵みを、わたしたちがほめたたえるためである。

本文を詳しく読んで見れば珍しい構造があります。
3節からの本文は,「ほむべきかな」という賛嘆(さんたん)で始まり,以降(いこう)14節まで「~をして下さったお方」と,豊かな恵みへの賛歌が続きます。この賛美詩はピリオドがなしに一つの文章で構成されています. 神様を向けた賛美は息をつくひまもなく気に14節まで行きました.
この賛美詩は感動的な意味で使った言葉です.
私たちキリスト教は賛美の宗教です.
いつでもどこでも賛美がある宗教です。葬式の時も賛美があるのです. 多分葬式の時、賛美する宗教は私たちのキリスト教しかないだろう. それでクリスチャンは神様に賛美しなければなりません.
使徒パウロのように賛美しなければなりません.
使徒行伝16書でとパウロはピリピで伝道しました。
●使 16:18-19節 
そして、そんなことを幾日間もつづけていた。パウロは困りはてて、その霊にむかい「イエス・キリストの名によって命じる。その女から出て行け」と言った。すると、その瞬間に霊が女から出て行った。
16:19 彼女の主人たちは、自分らの利益を得る望みが絶えたのを見て、パウロとシラスとを捕え、
●使 16:25 真夜中ごろ、パウロとシラスとは、神に祈り、さんびを歌いつづけたが、囚人たちは耳をすまして聞きいっていた。
彼らは牢屋で賛美しました. 賛美と祈りをしたらどうなったんですか?
●使16:26 ところが突然、大地震が起って、獄(ごく)の土台が揺れ動き、戸は全部たちまち開いて、みんなの者の鎖(くさり)が解けてしまった。
そして看守がイエスキリストを信じるようになりました.賛美が回復すれば奇跡が起こります。奇跡的な生活を経験すれば、私たちを通じて救いの働きが起きるようになります.
パウロはエペソ聖徒たちに賛美の生活をするようにと言っています。
それはほめたたえる理由がなければならなくなければなりません. 
その理由は何ですか?
●1:3むべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神。神はキリストにあって、『天上で霊のもろもろの祝福をもって、わたしたちを祝福し』たからです。
一体どんな祝福ですか?
私たちが福だと言う時、物質的, 健康的、家族と生活の祝福など現実的な祝福を考えます。
でもエペソの聖徒たちにパウロが ‘霊的祝福’と言う時、果してこのような福を言っているのでしょうか? 物論、神様はあらゆる祝福を下さいます。
エペソの聖徒たちに使徒パウロの言う祝福は世の中の価値観の祝福ではないです. 霊的祝福です.
霊的祝福は旧約の物質的な祝福の概念より霊的な永久的な祝福の概念です.
その具体的な内容が,永遠からの選び(4),子とされること(5),罪の赦し(7),御国を受け継ぐこと(11)等と続く
神様は天地の造られる前からわたしたちを神の子として選びました。
①永遠からの選び(4),子とされること(5)
● 1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
ここで重要な言葉は ‘選び’と言葉です. 神様が私たちを選択したのです.
“選ばれるのは “多くの人の中で私が選択される”を意味します. この選ばれる反対概念は “捨てられるです. “脱落(だつらく)し”です. これは一番悲しい出来事です.
親に捨てられることは確かに不幸です. 職場で捨てられる事も不幸です. 友達からいじめられて隣りから捨てられる事も不幸で悲劇です.
●Ⅰコリ2:7 私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。
神様は、私を世界の始まる前から、あらかじめ選んで下さいましたと言いました. それも “世界の始まる前から、あらかじめです。 それは、如何(いかん)に大きい恵みでしょう. これが霊的祝福です.
私たちが選ばれる資格があって選ばれたでしょうか?
● ロマ 3:10 「義人はいない。ひとりもいない。  
義人というのは、行為が正しい人、神様の法に従う人、傷がない
すべての決定権は神様にありますそれは神の主権的な選びであって,人間の功績の入る余地はありません。
私たちの価値となんらの関係がないです. また人間の条件も全く無関係です。人間の善良さ(ぜんりょうさ)と長所(ちょうしょ)によって私たちを選択したことではないです.
私たちを選んだ理由は、ただみこころのままに、愛をもってあらかじめ定めて選んだのです。
●1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
新改訳 5 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
神様に選ばれた信仰こそ、一番素晴らしい感動的な光栄です.

私たち選んだ目的
◆みまえにきよく傷のない者となるようにと
●1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、

私たちを神様の前できよく傷のない者となるように計画を立てました.
きよくは旧約で神様に祭祀(さいし)をささげる祭司(さいし)の条件です.
そして ‘傷のない者は "無傷(むきず)の" 責められるところがない, 申し分ない, 潔白です. 旧約で神様にささげるれるお供えの条件です.
私たちは自分自身に傷のない者だと言いますか、私たちは傷だらけです。
使徒パウロ自分自身を傷だらけと言います.
● ロマ 7:24 私は、ほんとうにみじめな人間です。だれがこの死の、からだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
ところで傷だらけである私たちを神様が傷のない者のようにしようとする計画を立てたのは、
驚くべきではないですか?
それも ‘みまえにきよく傷のない者となるようにという計画したのは、驚くべきことです。

どうして私たちが神様の前で傷のない存在になることができるでしょうか?
1:4 みまえにきよく傷のない者となるようにと、天地の造られる前から、キリストにあってわたしたちを選び、
神様の愛によって、キリストにあって、傷のない者と言うのです.
私の道徳的完全さではなく、イエスキリストの十字架の血潮によって私たちの存在が傷のない者として法的な宣言を神様がして下さいました。
イエスキリストの血潮が私の罪を覆ってしまえば私の罪を捜しても捜すことができないという意味です.
● イザ 44:22 わたしはあなたのとがを雲のように吹き払い、あなたの罪を霧のように消した。わたしに立ち返れ、わたしはあなたをあがなったから。
イエスキリストの血潮は完全な力, 完全なきよいと言います. これは一言で ‘完全(perfect)’です.
これが霊的な祝福です。
②神の子たる身分を授けるように
1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
天上で霊のもろもろの祝福の最高の祝福は、神の子たる身分を授ける祝福です.
私たちは神ではないです. 被造物です. ところで私たちを神様の子たる身分を授けられました. これを聖書は "養子"と言います.
● ヨハ 1:12 しかし、彼を受けいれた者、すなわち、その名を信じた人々には、彼は神の子となる力を与えたのである。
ある金持ち商人(しょうにん)に息子がいました. お父さんは息子を立派に育てるために遠い国で留学を送りました.
ところで不幸にも息子が勉強を終えて帰って来る前にお父さんは世を去ってしまいました.
連絡を受けて息子が家に帰って来た時, お父さんの財産は遺言によってその家の僕に移りました.
お父さんの遺言は “すべての財産は僕に与えて息子には必ず一つだけ選んでもらうことができる.
悲しんでいる息子に僕は早く息子にお父さんの遺言どおり必ず一つだけ持って去りなさいとせかしました. 息子は胸が張り裂けるように痛かったです. お父さんを失ったことも悲しみだが一つだけ持って去りなさいと言うことも酷かったです. しかし賢い息子はお父さんの意を思いました. そしてお父さんの遺言の意味が分かりました。息子はお父さんの遺言状と僕を連れて裁判館に行きました. そしてお父さんの財産の中で一つ, 僕をもらうと言いました.
財産を息子に譲ると言えば息子が帰って来る前に僕が財産を引き抜くことをお父さんは分かりました.
未だ僕は主人の財産ですので僕をもらうことで、僕の財産はすべて息子のものになるのです。これがお父さんの意でした.
僕は僕です。子供だけが子供になります。僕は主人の子供をもらうことができないが息子はすべてのものを持った息子をもらうことができます.
この世の中で熱心に働いて富と権力を持っている人もいます.
苦労して努力して名誉を持った人もいます. しかし天上で霊のもろもろの祝福は神様の子になればこそ与えられます。神様の前ですべての人間は問題だらけです. しかし神様の子になれば神様お父さんのもろもろの祝福が与えられます。 これが神様計画です.
私たちが神様の子になる霊的祝福は誰を通じて与えられますか?
●1:5 わたしたちに、イエス・キリストによって神の子たる身分を授けるようにと、御旨のよしとするところに従い、愛のうちにあらかじめ定めて下さったのである。
神様はイエスキリストによって私たちに霊的祝福を下さいます。
イエスキリストを通して私たちを神様の子になります。これがイエスキリストを信じなければならない理由です. これがイエスキリストを信じた結果です. これが神様の御旨です。
●ガラ 4:7 したがって、あなたがたはもはや僕ではなく、子である。子である以上、また神による相続人である。

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