私達は霊である神様を仕えます

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」”(ヨハネ 4:24)


人間は霊(spirit)であり、たましい(soul)を持って、体(body)の中で生きていると聖書は教えます。人間は霊を通してその実際に存在する領域である霊的な領域と関係します。また、体を通して物質世界と接触し、たましいを通して知的な領域と接触します。

今日、多くの人々は心(mind)と霊との違いを一度も理解したことがありません。彼らはたましいが、すなわち霊だと考えますが、その二つは同じものではありません。あなたが新しく生まれ変わったとき、再び生まれたものはあなたの体やたましいではありません。あなたの霊です。聖書は“だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。”と言います。キリストのうちにあり、本当のあなたで神様と関係を結ぶ人は、まさにあなたの霊です。

神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければならないと主イエス様は言われました。これはまさに真理の御言葉を沿って、心から神様に礼拝を捧げることを意味します。私たちの感覚は、神様を見分けて神様と共に歩むように造られませんでした。そのゆえに私たちは、私たちの霊で神様を仕えなくてはなりません。私たちは、私たちの霊によって神様のみわざを理解することができます。ローマ人への手紙10:10は言います。“人は心(霊)に信じて義と認められ…”

このような関係に基づいて、私たちは私たちの考えをそれと同じ方向へと行くように習熟させ、私たちの感覚もそのように機能するように習熟させなくてはなりません。したがって、あなたはあなたの心と感覚をあなたの霊から統制しなくてはなりません。それはまさに、あなたが外へと現わす性質があなたの心、すなわち霊の状態にかかっているという意味です。

これこそ、私たちを導かれる神様の霊が私たちに必要な理由です。ただ聖霊様だけが人間の心の奥まったところに入って、神様が私たちに願われる変化、すなわち栄光から栄光へとの変化を起こすことができるからです。神様の霊は私たちのたましいが神様に向かって、神様のように、神様から考えるように導かれます。人間は自らそれを行うことはできません。そうするように助けられる神様の霊が必要です。私たちの感覚は神様と関係を結ぶように造られなかったからです。私たちは霊で神様を仕えます。

祈り
愛する父よ、私の人生に現れる父の強い臨在の力に感謝します。キリストの福音の中で私の霊で父を仕える時、私の心と私のたましいは父の御言葉に向かって開かれており、私は卓越さと偉大さで導かれるように、父の霊に私を明け渡します。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン

参考聖句
ローマ 1:9, ヨハネ 4:23

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