夫の役割

■ エペ 5:25-33
5:25 夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。
5:26 キリストがそうなさったのは、水で洗うことにより、言葉によって、教会をきよめて聖なるものとするためであり、
5:27 また、しみも、しわも、そのたぐいのものがいっさいなく、清くて傷のない栄光の姿の教会を、ご自分に迎えるためである。
5:28 それと同じく、夫も自分の妻を、自分のからだのように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は、自分自身を愛するのである。
5:29 自分自身を憎んだ者は、いまだかつて、ひとりもいない。かえって、キリストが教会になさったようにして、おのれを育て養うのが常である。
5:30 わたしたちは、キリストのからだの肢体なのである。
5:31 「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。
5:32 この奥義は大きい。それは、キリストと教会とをさしている。
5:33 いずれにしても、あなたがたは、それぞれ、自分の妻を自分自身のように愛しなさい。妻もまた夫を敬いなさい。
神様は夫に対して役割についてお話をしたいと思います。
パウロは妻を愛するように三回繰り返して言います.
●5:25 夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。
●5:28 それと同じく、夫も自分の妻を、自分のからだのように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は、自分自身を愛するのである。
●5:33 いずれにしても、あなたがたは、それぞれ、自分の妻を自分自身のように愛しなさい。妻もまた夫を敬いなさい。
これは妻が夫に仕えるより夫が妻を愛するのがもっと難しいということを暗示しています。 妻は夫に愛されて幸せになります。
妻をどのように愛しなさいとおっしゃるんですか?
●25 キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。
ここで愛はアガペーと言う愛です. すなわち無条件的な愛を持ってで愛しなさいということです。また自分を犠牲する愛です.
イエスキリストは、教会のために自分の身を十字架に渡しました. それは、完全な献身です. そのように妻を愛しなさいというのです.
●5:28 それと同じく、夫も自分の妻を、自分のからだのように愛さねばならない。自分の妻を愛する者は、自分自身を愛するのである。
妻を、自分のからだのように愛さねばならない。
この言葉は自分の身の必要を満たすように妻の身体的, 霊的, 精神敵な必要を満たしなさいと言う意味です。それが、自分自身を愛することだと言っています。
● 創 2:23 「これこそ、ついにわたしの骨の骨、/わたしの肉の肉。
口先だけ “愛しているということではありません。
妻が痛ければ私の体が痛むように妻の面倒を見なさいというのです.
そのように妻を愛すればそれは、自分を愛することだということです.
家庭は愛がなければその家庭は砂漠のように寂しい所になってしまいます。
メックケンジ(E.C.Mckenzie)は言うのを この世の中で一番孤独な所は愛ない人間の心だ”と言いました.イギリスにある夫婦が住んでいましたが, 夫はとても無愛想です。
妻は、病名の分からない病気で死ぬようになりました. 妻の死が迫って来てからこそ
不愛想な夫が言いました“貴方、 あなた死ねば私はどうすればいいの?
あなたは本当に良い妻だったと言うと, 妻は顔が明るくなりながら “あなた, 本当ですか? 私はそれも分からなくてあなたがあまりにも不愛想で何も言わないので、私を嫌いだと思って悩んでいる途中、病気になりました.
しかし今は遅いです.まもなく妻は、数日後死んだと言います. 夫は、妻に愛を表現し、褒め言葉も言わなければなりません.妻がびっくりするほどに誉めてあげるのです.
言えない夫は、手紙を書いて表現しても良いです.
妻を愛する姿勢は、イエスキリストを通して学びます。
●5:25 夫たる者よ。キリストが教会を愛してそのためにご自身をささげられたように、妻を愛しなさい。
イエスキリストは教会のために自ら生命を捧げました. いばらの冠をかぶって、十字架の上で私たちの罪の身代わりになって下さって命を投げ出して下さいました。
イエス様は十字架の上でも、一度も苦しいと叫ばなかったのです。
●イザ 53:7
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。
なぜです? その十字架は、私たちが負けなければならないからです。ですから、イエス様は私たちの完全な愛を十字架の上で見せて下さいました。 完全な犠牲です.これが一番偉大な愛の姿です.それで十字架が愛のシンボルであることです.
イエス様のように夫は妻を愛しなさいという話です. 夫は家庭の柱のように家庭を支えなければなりません。一つになった妻を配慮と犠牲をしなさいというのです.
これが妻に対する夫の愛です。家庭の幸せは、夫に従い、妻を自分のように愛するとき家庭は幸せになります。
夫と妻は一体となるべきです。
● 5:31 「それゆえに、人は父母を離れてその妻と結ばれ、ふたりの者は一体となるべきである」。
①離れる原理です.
男も女も一緒に去って独立された家庭を建てるのです. 経済的独立, 精神的独立, 肉体的独立が維持されなければなりません.
②連合の原理です. (妻と結ばれ)
妻と結ばれると言う言葉は紙二枚をポンド貼り付けってという状態を言います.
このようになった紙を原状回復することが出来ますか。ですから夫婦は分けることができないです.
夫と妻の間に何も入ることが出来ません。夫 100% 献身、妻 100% 献身があります.
③一体となる原理です.
ドイツの神学者見たフェポは結婚を目の前控えた甥に "結婚と言うのはお互いに愛すること以上だ。 結婚は愛より尊厳と力を持つという意味です。 何故ならば結婚は神様の命令だからだ. 神様はその命令を通じて世の中の果てまで人類を尊属(そんぞく)させる意味を持って啓示の言葉です。
君たちが恋愛中の時は世の中でただ二人だけ見た. しかし、結婚生活では君が神様に栄光を持たせる世代を連結する鎖の輪になることだ. もうちょっと具体的に言わば恋愛中日の時は君の幸せの天国のみを見たが, 結婚生活ではこの世の中と人類のための責任を負うのです.
一体となることは、肉体的な一体だけ意味するのではなく価値観、人生観, 信仰一体になければなりません。
男と女は親から離れて一つになることで夫婦関係を結ぶようになるのです.
だから夫と妻は身も一体、心が一つ、信仰も一つ、天国行く道も一つです。
これが神様の夫婦関係の大憲章です.
家庭の幸せのために必要な恵みは何ですか?
● エペ 5:18  酒に酔ってはいけない。それは乱行のもとである。むしろ御霊に満たされて、
夫婦は、聖霊に満たされる霊的に満たされなければ家庭の幸せはにせ物です。
聖霊に満たされて聖霊が夫婦を支配します。聖霊に満たされた夫婦は、互いに愛し、従うし、一体になります。聖霊が支配する神様の家庭になります。

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